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MY詩集 2011年1月号_小説1_2

vol.378_2011年1月号_小説1_2

vol.378_2011年1月号_小説1_2
テーマ作品:聖夜

Editor: Yuki Kumagai
Copyright (C) MY-SHISHU




クリスマス・キャンドル
(続き)

星のカナリア

 ある日の昼休み。ひとりでアトリエに行ってみると、私の友達が、Kのシャツの皺を伸ばしながらアイロンを掛けていた。友達は、まさにKから口説かれているところだった。
「君は僕の初恋の人に似ている。良かったら、モデルになってくれないか?」
 Kは、耳まで真っ赤にして、どもりながら口説いていた。
 卒業してすぐ友達はKと結婚した。
 私は二人の新婚家庭にもよく遊びに行っていたが、Kが自宅にいないことが多くなり、いつのまにか足が遠のいていた。
 あとでわかったのは、結婚してからのKが家庭よりも美術にお金を使うような生活だったことである。かつての私の友達はKとの不仲が原因で他の男性と遊んでいるという噂話まで、私の耳に入ってきた。
 そんなある日、思いがけなくKから電話があった。内緒で妻の携帯を見て私の番号を調べたと言い、相談相手になって欲しい、と、いろいろなことを打ち明けられた。
 そうして個人的な付き合いが始まった。

 あの晩、イブまでのカウントダウンが始まった頃のことだ。Kが、
「僕は君に、どんなケーキよりも素敵なクリスマスの奇跡を起こしてあげられる」
と、冗談っぽく笑いながら言った。
 私は、「どんな奇跡?」と尋ねた。
 そうして時計が十二時ちょうどを指したそのときだった。
 家中の電気が消えてしまったのである。
 目を丸くしている私をよそに、Kは、あはは……と高らかに笑い、そのあとで言った。
「昨日、回覧板が君のいないときに回ってきてね、君にはわざと内緒にしておいたけど、この時間に停電になるっていう連絡事項が書かれていたんだよ。単なる偶然さ」
私が呆然としていると、Kは暗闇の中で戸棚からキャンドルの箱を取り出してきた。
 最初の一本に火を点けて、銀の燭台に乗せる。揺らめく炎と静寂がKと私の間にあった。
 ふいに、Kが言った。
「このキャンドルも朝までには燃え尽きるだろうね。Y、それまでの間、彼女の代わりに僕の手をずっと握っていてくれないか?」
 しかし私は、何も答えられずに黙っていた。
 とっさに思い浮かんだのは、キャンドルの炎が燃え尽きたあとの不安だった。
 大学のアトリエで、顔を真っ赤にして私の友達を口説いていたK。彼女の卒業を待ちかねていたように妻として娶ったK。にもかかわらず妻には関心を示せなくってしまったK。
 Kと私の間にあるこのキャンドルが燃え尽きるときには、Kの心も冷めてしまうのではないだろうか。
 雪だるまが、やがて木の枝と南天の実を残して氷水に変わるように、このキャンドルも、芯が燃え尽きれば、わずかに残った乳白色の蝋が冷たく固まるだろう。
 笑って誤魔化せるような年齢はとっくに過ぎている。
 大学で、二人の噂が流れ始めた頃に完成した、友達の石像を、美術館で見たことがある。そのとき私は、束の間の落胆の後、諦めの安堵感が生まれるのを感じた。あの石像を見たときに、私は、Kへの憧れにピリオドを打ったのだ。
 私は、キャンドルの炎を自分で吹き消した。

「私ね、貴方と奥さんのことを知り尽くしているから解るのよ、今ならまだ間に合うの。彼女のもとへ戻ってあげて……。私も、これ以上利用されるのはいやよ」
 Kと私は最寄りの駅まで、寒空の中を歩きながら語り合っていた。
「僕のことは相談相手という形でしか、愛するてだてを知らない君が、いじらしく思えて、すごく愛しかったんだ」
 無理矢理の作り笑いをしながら打ち明けてくれたKの、優しさの断片が悲しかった。不毛の関係を終わらせるための私の言葉は、Kの最後の優しさを傷つけてしまった。
 最終列車を逃したKは、私のすすめに従って彼女へのメールを打って行く。淋しい思い は二度とさせないよ。いつも一緒に寄り添って暮らしていこう……
 始発の列車が来た。ホームまで見送りに入った私に、Kは「ありがとう」と言って、列車に乗る前に、また私のほうを振り返った。
 列車の中と外に、透明に隔てられた二人の距離が、永遠の別れを告げている。ドアが閉まり、Kの自宅の方向に向かう列車が走り出した。
 列車を見送った私の心には、暖かく優しい幻想が生まれていた。
 Kが乗った列車には、ある駅から、疲れた顔の彼女が乗り込み、Kの繊細な指に、彼女の指を絡めている。  そんな二人の安らぎの時間を包み込むように、キャンドルの炎が暖かく見守っている。
 プラットホームに降り立つ彼女の肩を抱くKの白いコートが、朝焼けの光に染まる。
 幸福そうに微笑みながらKが、朱鷺色の空を見上げている。

 次の年の聖夜。
 空のピンクっぽい雲を見るたびに、彼の未来を託した日を思い出していた私は、一年前と同じ仕事場へ歩いて行った。
 小さな丸いケーキ。大きな丸いケーキ。窓の向こうに見えるクリーム色の幸せに憧れている無邪気な子どもたちにも、切ない大人たちにも、お金では買えない夢を売るために。
〈了〉

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